年末に入り、
超多忙な日々が
続いています。
ブログは本日を
もって閉店いたします。
読んでくださった皆様、
ありがとうございました。
皆様、良い年をお迎えください。
水沼啓子拝
年末に入り、
超多忙な日々が
続いています。
ブログは本日を
もって閉店いたします。
読んでくださった皆様、
ありがとうございました。
皆様、良い年をお迎えください。
水沼啓子拝
ここ数日間、
それほど寒くない日が
続いています。
でも、来週は
零下10度近くまで下がり、
本格的な寒さになりそうです。
いよいよ
買ったばかりの
ダウンジャケットの出番です。
実は、6カ国協議の前、
「北京は寒いから、
きっとダウンジャケットがいりますよ」
という支局の韓国人スタッフの
アドバイスに従って、
慌ててデパートに
買いに行きました。
彼女に指示されたとおり、
鳥の羽(ダウン)に
首の周りには毛皮、
そしてフード付きを探しました。
これで防寒も完璧です。
結局、北京は
それほど寒くなかったので、
ダウンジャケットの出番はなく、
バッグに閉まったまま、
戻ってきました。
だから、
まだ新品のダウンジャケットを
一度も着ていないのです。
というわけで、
寒波が訪れることを
心ひそかに楽しみにしています。
本日は本年最後の大使懇談会で、
忘年会も兼ねて、大使公邸で行われました。
在韓日本大使館は
少々みすぼらしい感じがしますが、
大使公邸は
威風堂々としていました。
残念ながら、金正日総書記に
対するテロ行為云々の情報が
本社から流れ、
慌ててソウル支局に戻りました。
まあ、特派員の生活というものは
そういうものですね。
本日、ソウルにある在韓日本大使館公報文化院で
北朝鮮による拉致被害者、
横田めぐみさんのドキュメンタリー映画
『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』
の上映会があり、
取材してきました。
会場はほぼ満席状態でした。
「人が来てくれるかなあ?」
という大使館員の皆さまの心配は
杞憂に終わりました。
今回、初めてこの映画を観ました。
社会部時代に、
拉致問題を担当していたので、
映画の中に登場した場面に、
見慣れたシーンも多かったのですが、
米国人の監督が制作したということで、
結構新鮮に映りました。
たまたま私のお隣に座られたのが、
重家俊範駐韓大使。
定刻前に几帳面にやって来る日本人と違い、
韓国人は遅刻される方も多く、
重家大使が何度かそういう方達に
席を譲っているうちに、
私の隣の席まで追いやられて来られました。
ちょうど私たちの後ろの席には
韓国人のおじいちゃま方グループが
座っておれましたが、
そのうちの1人が、
北朝鮮の軍事パレードが映し出されると、
「ケセッキ!(犬畜生)」
と、思わず口に出していました。
映画には、めぐみさんの両親や
ほかの拉致被害者家族の苦悩や哀感が
よく出ていて、
かなり韓国人の皆さまの心に訴えたようです。
小さなことかもしれませんが、
こうやって映画を通して、
1人でも多くの韓国人に
日本人拉致問題を知ってもらい、
救出活動の手助けをしてもらえたら、
いいなあと思っています。
先週の土曜日(13日)に、
以前ブログで紹介した
故・李方子妃の通訳をしていた
金壽姙さんの家に
遊びに行ってきました。
ソウル市内から
バスで約1時間
のところにある
坡州市ムンサン。
ただし、
帰りは道が混んで
2時間近くかかりました。
坡州市は北朝鮮に近い街です。
38度線で、
北朝鮮の開城市と接しています。
板門店があるのも
確か坡州市だったと思います。
ムンサンのバスターミナルを
降りると、
何だか日本の田舎町のように
のんびりとしていました。
金さんは、御歳87歳。
すごい記憶力で、
人の名前もスラスラと出てきます。

写真:金壽姙さん
お料理の腕前もすばらしく、
いつもおいしい開城料理を
作ってくれます。
この日も、出身地である開城
の水餃子やごちそうを
たくさん用意してくれました。


写真:豚肉と栗やナツメなどと一緒に煮込んだ開城の料理

写真:開城の水餃子

写真:ゴマの葉や昆布などを揚げただけですが、
お酒のつまみに最高!
やはり手作りは良いものです。
「ごちそうさまでした」
パソコンがやっと修理を終え、
2台とも、ソウルに戻って来ました。
どうもスパイウエアに侵入されていたようです。
産経新聞ソウル支局が、
サイバーテロに遭ったのかもしれません。
ブログもこの間、
ずっと更新できずにおりましたが、
本日よりまた再開したいと思います。
ところで、今月7日から12日まで、
北京に行ってきました。
もちろん6カ国協議の取材のためです。
出発した7日はソウルでは小雪が舞っており、
それはそれは寒かったです。
北京はもっと寒いだろうと、
慌てて、ダウンのジャケットを買って、
持っていきましたが、
まったくその必要がないくらいでした。
予想していたほどに寒くはなかったです。
ケンピンスキーホテルを往復する毎日でした。
韓国プレセンには、
韓国内メディアの記者と
ソウル特派員たちが詰めていました。
その日の協議などの日程を終えると、
韓国の首席代表の金塾・本部長が
ブリーフィングをしてくれます。
かなり詳しい内容を伝えてくれるので、
記者にとっては、
たいへんありがたかったです。
オンレコの記者会見の後、
オフレコも別途開いてくれるので、
各国首席代表の中で
いちばん情報を記者に伝えてくれていました。
金塾本部長は初日の協議の後、
「北朝鮮は準備ができていないようだった」
と感想を述べていましたが、
今回の決裂は、すでに初日から
予想されていたのかもしれません。
そうそう、プレセンにはコーヒーなどが
ホテル側によって用意されているのですが、
さすが韓国のプレセン。一緒に「辛ラーメン」
のカップ麺も並んでいました。
ちなみにプレセンを設置していたのは、
韓国の記者団のみ。
日本から来た記者たちは、
取材拠点がないまま、
斎木昭隆・外務省アジア大洋州局長が
協議を終えてホテルに戻ってきたときに、
「ぶら下がり」取材をしていました。
東京から応援に来た
政治部記者の阿比留先輩も、
基本的に産経新聞中国総局を拠点に、
動いていました。
6カ国協議では、
韓国政府がいちばん
記者たちに便宜を図ってくれていたように見えました。
危ない情報もかなり流れていたようです。
韓国メディアが随分と飛ばした記事を書いていました。
韓国メディアの報道は、
よく誤報を流すことが
中国でも知られていて、
あまり信頼されていないようです。
私も今回、韓国の聯合ニュースに
随分と振り回されました。
6カ国協議の期間中、
ずっと霧の中にいるようでした。
一体、いま釣魚台でどんな話し合いが行われているのか?
合意文書を作成中なのか?
まったく中の様子が
分かりません。
でも、その日の紙面を作らなければいけません。
締め切り時間が迫ってくると、
伝えられている情報を頼りに、
書き進めるのですが、
とにかく、こういう状態が、
いちばん緊張して、
心臓がバクバクします。
北京では連日緊張していたせいか、
ほとんど夜も熟睡することができず、
寝ている間も、
常に頭の中で、何か考えている状態でした。
そのせいか12日、ソウルに着いたとたん、
疲れがどっと出ました。
話すのもしんどいほどでした。
こんなに疲れた出張は初めてです。
当分、6カ国協議が開かれないことを
願っています。
ふだん使っていたパソコンのネット接続が
先週末からしょっちゅう途中で切れるようになり、
ついに月曜日に完全につながらなくなりました。
予備用のパソコンを昨日から使い始めましたが、
こちらも同じ症状が夕方から出始め、
現在はまったくネット接続不可状態。
原因がまったく見当たりません。
事務所のパソコンが使っている
別のランケーブルで試したところ、
一瞬つながった後、
すぐに切れるという同じ症状が出ました。
事務所のパソコンは問題なく利用できているので、
私のパソコンに原因があるようなのですが、
ウイルスパスターをかけても、
とくに問題は見つかりませんでした。
ウイルスに罹ったというわけでもなさそうなのです。
ただ中国や韓国のウイルスは、
日本で利用されているウイルスバスターでは
駆除できないものもあるとか。
なにかわからないけど、
パソコン内部で
なにかが起こっているようです。
ここ数日間、このパソコン問題に
頭を悩まし、
時間も随分浪費してしまいました。
某国のサイバーテロに遭ったのでは?
と少々疑心暗鬼になっています。
ちなみにこのブログは
事務所のパソコンで書いています。
パソコンが無いと、
いかに不便か
しみじみ感じています。
先週、急激に気温が下がったせいか、
風邪を引いたようです。
朝から元気が出ず、
頭もボーッとして
鼻水が止まりませんでした。
ゴミ箱がティッシュで
いっぱいになったほどです。
100回以上、
鼻をかんだのではないでしょうか。
おかげで、鼻の先が真っ赤になり、
人様の前に出るのがはばかれます。
夕方ごろ、
買ってきた風邪薬と、
「紅参」と呼ばれる、
高麗人参入りの
ドリンクを飲んだら、
だいぶ良くなりました。
恐るべし高麗人参の威力。
恐らくきょうが
風邪の峠と見られます。
あすはもっと良くなっているでしょう。
あしたもまた「紅参」ドリンクを
飲んでがんばります。
20日、ソウルに
ついに初雪が降りました。
寒いわけです。
話が変わりますが、
19日晩に、
人たちとの
私的な勉強会があり
初めて参加しました。
日本側からは、
大使館のほかに、
特派員たちが
参加しています。
日本に関する勉強会ですが、
統一省の方で日本語が
話せる方はおらず、
日本に関心がある方が
集まっています。
逆に参加している
日本人のほうは
皆さん韓国語が堪能で
びっくりしました。
そのまま討論会に出ても、
十分に韓国の論客と
闘えるレベルです。
10年前は、
逆パターンが
多かったのですが・・・。
つまり日本語が
ペラペラな韓国人と
韓国語が話せない日本人
という組み合わせが
ほとんどでした。
随分と時代が
変わったものです。
ちなみに
この日のテーマは
日本の拉致問題。
統一省の方たちが
とても不思議がっていたことがあります。
「なぜ日本では拉致問題への関心が高いのか」
「なぜこれだけ長く拉致問題への関心が続くのか」
確かに韓国人の関心は、
あっという間にほかに移ってしまいます。
統一省の方からは、
「日本人の国民性のせいなのか?」
という質問も出ていました。